祈りに始まり祈りに終わる
散歩をしている時でも、道端で美しい光を見つけると、突然カメラを構えることもある(撮影:株式会社と)
写真集は一枚の御嶽の写真から始まる。石垣村の発祥神話が伝わる宮島御嶽。そこは仲程さんが最初に自然と戯れた場所だという。敷地内には樹齢何十年ものガジュマルやアコウが枝葉を広げ、休みの日には子ども達の歓声が満ちる、生命力に溢れる場所だ。
ふるさとは
わがこころのともしび
のぞみもえ
こころほのぼのと
とめるふるさと。
写真集の最後のページには石垣島が育んだ詩人、伊波南哲の詩とともに再び宮島御嶽の後ろ姿の写真が配置されている。祈りに始まり祈りに終わる。人と人、あるいは人と自然との関係の基礎にある畏敬の念と感謝の気持ち。それらが、この写真集を貫いている一つのテーマなのかもしれない。
海辺のモンパノ木を覗き込む仲程長治さん(撮影:株式会社と)
発見したのは紅型の絵柄でもお馴染みの蝶、スジグロカバマダラ(撮影:株式会社と)
そのあたりを確認しようと、雑誌『モモト』のプロデューサーであり、『母ぬ島』の編集を担当した松島由布子さんと仲程さんに話を聞いてみた。
「生まれ故郷の写真集を作りませんかと話を持ちかけても、仲程さんは最初はまったく撮りたがらなかったんです」
松島さんから意外な言葉が返ってきた。
時代が過ぎても変わらないもの
石垣島は、高校卒業と同時に島を離れた仲程さんの目には、記憶とは違う姿に映るようになったという。
「海は埋め立てられ、道は舗装され、赤瓦の家は取り壊されて、昔の美しさがなくなってしまいました」
〈右〉斜幕のハイビスカス/石垣島 〈左〉宝石のようなサンダンカ/石垣島・川平
(撮影:仲程長治)
「そうだとしても、変わらないものがあるはずだ」という気持ちで、実家の周辺や足元の自然を一枚、また一枚とゆっくりと撮りためた写真が集まって、数年かかって完成したのが『母ぬ島』なのだ。
サガリバナ/西表島・浦内川支流(撮影:仲程長治)
「すべてのものは、生きている限り変わり続けているんだよね。朝目覚めて、働いて、夜には眠る。生まれて育って恋をして、そしていつか人は死ぬ。植物を見ていると、生命のサイクルを思い出すんだ」
「変わらないもの」を探して撮り続けているうちに仲程さんが見つけたのは、変わることなく巡り続ける生命の環だった。
雨降りの日の福木の葉っぱと実/石垣島・石垣市内(撮影:仲程長治)
「自然がすべてのクリエイティブの原点なのに、人は自然を見なくなりました」と仲程さん。「ほら、この落ち葉の配列、きれいだと思わない?」
生まれ育った「字石垣四町内」で雨降りの日に撮った落ち葉の写真を指し示して、目を細める。
ネバル御嶽/石垣島・川平(撮影:仲程長治)
「自然がもたらした配置、太陽が変えてゆく色、甘酸っぱい香り、静かな雨の音。肌で感じる湿度…すべてが五感、六感を刺激する」というその瞬間を仲程さんが切り取って、読者は写真を通じてその日の石垣を追体験する。そのとき、ページをめくる私たちの手は温もりのある木肌に触れ、写真集を眺める私たちの目は葉っぱからぽとりと落ちる雨垂れを見る。
被写体は日常の暮らしの中に
カバーのイメージカット(撮影:株式会社と)
少しでもリアルに石垣と八重山を感じてもらおうと、写真集のカバーにはビロードのようなモンパノキの葉の手触りに似せた特殊な加工が施してある。モンパノキは、水中眼鏡の材料としても知られる沖縄を代表する植物だ。写真は長治さんのお母さんが紡いだという苧麻の糸。八重山を代表する伝統工芸、八重山上布の原料だ。表は明暗を反転させた黒ベースで、裏はオリジナルの白ベースでと、ここでも、明暗のコントラストが心憎いほど表現されている。
〈右〉迷彩/石垣島・米原 〈左〉虫たちのアート/竹富島(撮影:仲程長治)
『母ぬ島』に収められている写真のほとんどは絶景ポイントや名所・旧跡で撮られたものではない。島に暮らす人が、毎日の生活で行き来しているはずの普通の風景が被写体になっている。その土地その土地の魅力をかたどっている風土の輪郭は、心の目を開きさえすれば誰もが感じることができる。この写真集はそのことを私達に伝えようとしているのかもしれない。
〈右〉夜光貝の渦/八重山螺鈿工房 〈左〉雲の渦/竹富島・西桟橋(撮影:仲程長治)
「旅するようにページをめくる」といってしまうと、どこか軽く聞こえてしまうけれど、この写真集には、まだ見ぬ島を知らず知らず旅している気にさせる何ものかがある。
西表島の朝の虹を撮る仲程長治(撮影:株式会社と)
西表島、中野海岸の夜明けを撮る仲程長治(撮影:株式会社と)
そして、石垣と八重山への旅を追体験させてくれるこの写真家には、これほどまでに土地と近い位置に身を置きながら、ローカルな意味での沖縄らしさを超えた普遍的でグローバルな価値を八重山の風土から取り出すことのできる不思議な力がある。
※こちらは、公開日が2016年12月26日の記事となります。更新日は、ページ上部にてご確認いただけます。