旧暦8月15日、月明かりのしたで男女が踊り明かす十五夜マストリャー。国選択および宮古島市の無形民俗文化財に指定されている伝統行事で、約300年前から、旧上野村の野原集落で継承されてきたといわれています。
1637年、薩摩藩から支配され重税をかけられた琉球王朝は、宮古島や八重山は、過酷な税金を課せることになります。数えで15歳から50歳までの男性は粟を納める、それを計量する家は「マストリャー」=枡取屋と呼ばれ、それがこの伝統行事の語源だといわれています。
野原集落には4か所の「マストリャー」があったといわれており、そこは「マスムトゥ」とも呼ばれ、今も残されている箇所があるそうです。十五夜マストリャーは、苦しい税を完納した喜びと来年の豊作を祈念して行われるようになったといわれています。
苦しい時代背景が生んだマストリャーは、十五夜のまるい月が照らす夜、見るものを幻想的な世界へ誘い、魅了します。
季節特集
2016.12.06
[宮古島]十五夜マストリャー
月が優しく照らし踊り明かす夜
writer : 砂川葉子
月夜に響く笛の音と神歌
夜9時過ぎ、外灯も少ない真っ暗な小さな集落の所々から、賑やかな笑い声や歌声が聞こえてきます。歴史深い旧上野村野原集落は、方角によってネ組、トラ組、ウマ組、サル組の四つの組に分けられており、それぞれの組で祭の成功を祈願し、オトーリを回している真っ最中でした。昨年は台風で中止になったそうで、2年ぶりに開催される十五夜マストリャーに特別な思いが溢れているようです。
「カンカンカンカンカン」、鐘が打ち鳴らされると、それが合図かのように、小さな子どもからお年寄りも、暗闇の中からぞろぞろと集まり出してきました。そして、四つの組が順に野原公民館前の広場に集うころ月はすっかり高く上り、こうこうと照らしていました。
笛の音が夜空に吸い込まれていくように軽やかに響き、神歌を謡う男達の野太い声とその独特で美しい旋律が一気に祭りの世界へと誘い出し、男も女も神のためのみに祝い、踊る、十五夜マストリャーが始まりました。
勇壮な棒ふりと優美な手踊りのコントラストが幻想的
十五夜マストリャーは月明かりの下で踊る人々が創り出す幻想的で美しい世界が魅力の一つの祭りです。棒ふりまたは棒踊りと呼ばれる武術を思わせるような男達の踊りは、勇壮で見るものを釘付けにします。
「サァ、サァ、ササッ」野趣溢れる野太いかけ声は、時に甲高く、力強く響き、気迫に溢れ、手にした棒を振り上げ、打ち合わせる音とが響きます。まるで全身全霊で邪気を払っているかのような一糸乱れぬ一連の動きは見事です。
男達の躍動的な踊りとは対照的なのが後に続く女性達の踊りです。女性達は男性の後ろから隊列をなし、クバや四つ竹を持ち、静かで優美に舞います。男の棒踊りの全身全霊からみなぎる気迫に比べると、女性の踊りは厳そかで、まるで何かを鎮め清めているかのようでした。
勇ましさと厳かさのコントラスト、そして笛と鐘、神歌の独特の旋律が月夜に響く幻想的な十五夜マストリャーの世界に誰もが酔いしれます。
基地と集落を照らし続ける月
十五夜マストリャーが行われる、広場の東側には宮古島の自衛隊駐屯地の明かりが揺れています。宮古島の野原地区は、日本最西端で最南端の航空自衛隊の基地、宮古島分屯基地と隣り合わせにあります。この場所は、第二次世界大戦中は旧日本軍の司令部がおかれ、終戦後は米軍の基地となり、沖縄の本土復帰の昭和47年に宮古島分屯地が発足され、現在に至ります。
今、隣の千代田地区に新たな陸上自衛隊駐屯地建設の計画があり、伝統文化の継承と若者の定住に危機を感じていると男性住民が漏らしていました。それでもこうしてここに根がある者と祭りができることに喜びを感じる、と野原出身の上里清美さんが話してくださいました。基地と隣り合わせの生活は、騒音などの苦労はあるものの、自分が生まれた土地を愛し、誇りに思い、生きる住民を半世紀以上基地と隣り合わせで生き、時代に翻弄され続ける野原を月はずっと優しく照らし続けてきました。
フィナーレのクイチャー、人は神のためのみに踊り神になる
月明かりは優しく、風は涼やかで、人々の歓喜が渦巻く夜中にいよいよ十五夜マストリャーのフィナーレを迎えます。
男と女のそれぞれの踊りが、最後には二重の輪となり、宮古島伝統のクイチャーが踊られます。そこに生きる者が、喜びと感謝、哀しみも、すべてを月に捧げるように踊る姿は、人と神が融合する、とでもいったら良いのでしょうか?
人がただ神のために踊る時、人はまた神になるのだと思えます。
その土地に生きるさまざまな思いはあれど、誰もを、何をも、闇をも、月は照らし続けています。この月の光が注がれぬ場所などない、そんな風に思うと、宮古島の旧上野村野原の十五夜マストリャーは、世界に平和を願い、もたらす祭りに思えてくるのでした。
スマートポイント
- マストリャーとは、旧暦8月15日に宮古島の中心部、野原地区で行われる伝統行事です。月夜に男女が踊り明かす幻想的な祭りです。
- 旧暦8月15日は、マストリャー以外にも狩俣の大綱引きや友利の獅子舞など伝統行事やイベントがあります。地域文化に触れられる機会ですので、滞在中にタイミングが合えば足を伸ばしていみてはいかがでしょうか?
- 宮古島の野原地区の有名な伝統行事は他に、もう一つのパーントゥともいわれる野原のサティパロウがあります。
ライターのおすすめ
今年縁あって初めて寄せていただいたマストリャーにすっかり酔いしれました。宮古島には決してメジャーではないけど、土地と人の繋がりを強く感じさせるような行事やイベントがたくさんあります。
砂川葉子
岐阜県出身、宮古島諸島のどこかの小さな島に在住。農業と民宿業、島興し業と並行してライター業にも携わる。