平良の街中の大通りの裏手に、ぽっこりとした緑の杜。
大きなガジュマルの木が、拝殿を包み込むように枝を伸ばしています。
地元からは「ツカサヤー」と呼ばれている漲水御嶽は、
宮古島の創世神が祀られ、島人が大切にしている聖地です。
小さな鳥居をくぐり、漲水御嶽に一歩足を踏み入れると、
不思議な静寂に包まれました。
「宮古島はここから始まっているから。みんなここから通すさあね。」
漲水御嶽に仕えるツカサンマの下地さんが
穏やかにほほ笑みながら言いました。
観光
2015.12.29
[宮古島]祈りの島の聖地
大らかな神々の住む漲水御嶽
writer : 砂川葉子
宮古島の始まりの場所、漲水御嶽
御嶽とは、その土地の神々や島人の生活や祭祀に関わる神々が御出でになる神聖な場所であり、人間と神様が交わる島人の信仰の場でもあります。
島人は祈りを捧げ神様と繋がり、心の安らぎを得られ、
御嶽は心の拠り所のような場所です。
漲水御嶽は、宮古の創世神「古意角(コイツヌ)」と「姑依玉(コイタマ)」が祀られる、島の聖地です。
宮古島の天地創造の神話には、この二人が漲水御嶽に降り立ち、
宮古島の人々が生まれたとあります。
「御嶽由来記」には、
「皆、人間が未だにこの世に生まれぬ頃、古意角という男神が、下界に島を造り、衆生を救ってその守護神になりたいと誓い、天帝から天の岩戸の末端を請い受けて持ち帰り、風水良いところを選んで投げ入れた所、その石が凝積して島形が現れた。古意角は更に天帝に請うて、姑依玉という女神を伴うてこの島に天降り、夫婦となって一切の有情非情を生じた」
と記述され、島人に伝承されてきました。
漲水御嶽の神事ユークー
この日は、「ユークー」と言われる神事が行われていました。
「ユークー」、或は「ユークイ」とは、
「ユー」は世、豊年の世を意味し、「クー」は乞うという意味があり、
豊年の世が島に運ばれるように願う神事です。
この日に合わせて、お供え物を持って御嶽を訪れる人が、
次から次にひっきりなしにやってきていました。
拝殿の中ではツカサンマと呼ばれる神女が一心に祈りを捧げ、
立ち込める線香の煙が、傾き出した太陽の光が筋となって、
拝殿の中は淡い光に包まれていた。
「ヨーンテール、ヨーンテール」と神歌が響きます。
夕方の涼やかな風がガジュマルの葉を揺らし、
吹き抜ける風の心地よさに目を閉じると、漲水御嶽は満ち満ちた時間に包まれていくのを感じました。
夕方6時も過ぎるころ、ツカサンマらは漲水御嶽を後にし、
ニガイが無事に終わったことを報告するためムラウサ御嶽に移動し、
日が暮れるまで願いが捧げられました。
観光客はどのように漲水御嶽を見舞えばいいのでしょうか?
最近、観光客の方から漲水御嶽に行ってみたいと相談されることもあり、
漲水御嶽の祭祀を執り行うツカサンマの下地さんにお伺いしてみました。
すると、「神社みたいに決まりはないよ。
旅の人も男の人もみんなここに来て拝んだらいいさあ」
と、おおらかなお返事を頂きました。
ほとんどの御嶽が男性や観光客の立ち入りを禁止すること多い中、
漲水御嶽は特別に許されている場所なのです。
例えば、観光客の方が宮古島の旅の安全の祈願する方も多いとのことで、
そんな風に気軽に立ち寄ってもらえたらとのことでした。
では、漲水御嶽に入ったらどう拝めばいいのでしょうか?
「神様に自分の名前とさ干支を教えてあげたらいいさあねえ」
供え物を見ると、皆さんご住所にお名前、生年月日、干支が書き添えられています。
どこから来て、干支は何年の誰なのか、
神様にきちんとご挨拶することが大事なことだとお教え頂きました。
祈りがある島、祈りをつなぐ島
ユークーの日、漲水御嶽を訪ねる人が絶えることはありません。
下駄をカランカランと鳴らしながらやってきた若者、
お父さんと制服姿の中学生、
鳥居の手前でパンプスを脱ぎ入っていく女性、
御嶽に入らず遠くからそっと手を合わす叔母さん、
訪れる人々の一挙一動に漲水御嶽への敬意を感じました。
無防備に御嶽の外と内を行き来するのは、猫ちゃんだけ。
そう言えば、初めて漲水御嶽を見舞ったのは15年以上も前。
拝みに来ていたおばあさんが供えたキビナに猫が手をつけていたけど、追い払うこともせず、「神様の猫だからいいさあ」と笑っていたことを思い出しました。
ここは観光地というより、流行りのパワースポットというより、
まず地元の方々の生活に根付き、親しまれている神聖な場所なのです。
はるか昔より島人が祈りを捧げてきた尊い場所であるのです。
スマートポイント
- 漲水御嶽を囲む石垣や、漲水石畳道、仲宗根豊見親(なかそねとぅゆみやー)、人頭税石など、漲水御嶽近辺には数多くの歴史的な場所があります。
- 漲水御嶽は男性や観光客も参ることができます。観光スポットとというよりは、島人の生活に根差した祈りの場所、心の拠り所のような大切な場所であることを忘れないでください。
- 漲水御嶽は、鳥居-参道-灯籠-拝殿-神殿と続く神社形式ですが、イビと呼ばれる香炉が置かれているだけの御嶽も島内には数多くあり、形式は様々ですがどこも島の人々の生活に深く根差した神聖な場所です。
ライターのおすすめ
私の住む島は周囲10kmも満たない小さな島ですが、20以上の御嶽があり、年に何回かウガミます。ユークーの後に、別の神事の取材を控えていた私は漲水の神様にお許しをいただいたような気持になりました。
砂川葉子
岐阜県出身、宮古島諸島のどこかの小さな島に在住。農業と民宿業、島興し業と並行してライター業にも携わる。