沖縄の非暴力運動を学べるヌチドゥタカラの家
修学旅行生やリゾートを楽しみに行く人達で溢れかえるフェリーに乗り込んで30分で伊江港に。レンタカーを借りて約7分で目的地の「ヌチドゥタカラの家」に到着しました。「ヌチドゥタカラ」とは「何よりも大切なのは生命だ」という意味を持つ平和運動の代表的なスローガンです。入り口には読谷村の彫刻家、金城実さんが制作した一対の“鬼面”が威厳のある眼差しで生命を脅かす邪悪なものに睨みをきかせているようでした。
ヌチドゥタカラの家は非暴力の平和運動で知られる阿波根昌鴻さんが私財を投入して1984年に設立した反戦と平和を訴える資料館です。2002年に亡くなったあと、一般社団法人わびあいの里が運営しています。
沖縄戦と米軍による土地の強制摂取に苦しめられた伊江島の人
伊江島は沖縄戦の激戦地のひとつ。東洋一といわれていた飛行場があったため、アメリカ軍の攻撃対象となり、住民の三分の一にあたる1,500人が命を失いました。その中に阿波根さんのひとり息子も含まれています。やがて島民は「集団自決」で知られる慶良間諸島の渡嘉敷島に移されますが、そこで渡嘉敷島の日本軍に投降を呼びかけようとした伊江島の島民が日本軍にスパイ容疑で惨殺されるという悲劇が起こりました。
2年が経過して、ようやく故郷に戻った島民を待ち受けていたのは「銃剣とブルドーザー」で知られるアメリカ軍による土地の強制接収。焼け野原になった集落を再建しようとしていた住民からアメリカ軍は、新たな基地を建設するために力ずくで島の土地を奪い取ったのです。これに対して、阿波根さんは島民と一緒に、非暴力の抵抗運動を繰り広げていきました。
「反米的にならないこと」、「怒ったり、悪口をいわないこと」、「 布令、布告など誤った法規にとらわれず道理を通して訴えること」など、11項目にわたる陳情規定を明文化して、自分達の土地を返還するように粘り強く訴え続けたそうです。
アメリカ軍の占領下でしたし、閉鎖された離島ですから、島内で発生する事件は日本本土はもちろん沖縄本島にも知らされませんでした。そこで阿波根さんは高価なカメラを購入して1955年頃から、歴史的な瞬間を自ら記録していったのです。
非暴力を貫く沖縄の哲学
ヌチドゥタカラの家にはそうした写真の他、戦中・戦後を通じて阿波根さんが収集したさまざまな資料の一部が手作りの解説文とともに展示されています。例えば沖縄戦で亡くなった赤ちゃんが着ていた着物、米軍の不発弾、原爆の模擬爆弾、陳情書、デモで使用したプラカード、生活道具などです。
特に印象深かったのは島民に向けた「米軍と話すときの心得」です。1954年10月に手書きされた模造紙にはこう書かれていました。
「この不幸な土地問題が起きたのは、日本が仕かけた戦争の結果であり、我々にもその責任があることを忘れず、米国民を不幸にするようなことはつつしむこと」
伊江島の非暴力運動のエッセンスとその背景にある沖縄の人の心ありようを行間から読み取ることができるのではないでしょうか。
「ここに展示されている資料の一つひとつが今を生きる私達に過去の真実を伝えてくれるのです。便利なツールで得られる膨大な情報をもってしても伝えることのできない現実の重みを、きっと感じ取ることができるでしょう」
わびあいの里の理事長、謝花悦子さんの言葉は外見からは想像できない力強さを伴っていました。
「どんな戦争もすべての種類の幸せを壊してしまう」
「沖縄と日本は同じではない」、「戦争は人災」、「歴史と事実を知らずして本当の平和はわからない」。はっとさせられる言葉を次々に繰り出す謝花さんに、以前から答えが見つからずにいた「誰もが平和を願っているはずなのに、なぜ行動する人としない人がいるのか?」という質問を思い切ってぶつけてみました。
「幸せがどのようにして壊されるかを実感できているかどうかではないでしょうか。どんな人も幸せを願っていますよね。でも、人それぞれに考え方や価値観があります。幸せの道は一つではないということです。そこで、私にいえることがあるとすれば、どんな戦争でもすべての種類の幸せを壊してしまうということです。誰もが平和を願っていますよね。でも、平和の定義は人によってさまざまです。そこで私に再びいえることは、すべての戦争が平和を壊してしまうということです。残念ながら今の日本では、戦争があまりにも遠い存在になっているようです」
謝花さんは静かにそう答えてくれました。
「“がらくたの山”が人間の「おろかさ」と「たくましさ」を学ぶ資料となり、“香り高い”作品が人間の「尊厳」と「英知」を学ぶ指針となるように展示してあります。」
「設立のこころ」に書かれているこの一文の通り、平和を求める実直で誠実な思いが抱えられないほど詰まった資料館を、ぜひ一度訪ねてみてください。そして、阿波根さんの遺志を継ぐ謝花さんと平和について話をしてみてほしいです。
*謝花さんの講話を希望の方は必ず事前に予約をしてください。